美美ットな非日常

京都 養源院 俵屋宗達 血天井

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心に残る出会い

血まみれの天井の下で、、、。

養源院

 

京都をぶらぶらと歩いていたら、かなり足が痛くなってしまい(何故かハイヒールを履いたのです)>~<;
どうにも我慢が出来なくなって、とにかく靴を脱ぎたくなり、目の前にあったお寺に飛び込みました。

お寺の名前など確かめもせず靴を脱いで、ひんやりした板の間で火照った足を冷やせたらそれで良し、などと罰当たりな事を考えておりました(ーー;)

玄関で靴をそそくさと脱ぐと一気に開放感が身を包み、思わずふ~~っとため息がもれてしまいました。

それからは気分も軽くなり、お寺独特の線香の香りに案内されるように、奥へと進んでいきます。

中は異常に薄暗く、目が慣れるまで少し時間がかかりましたが、そこに何やら薄ぼんやりと白い絵のようなものが。

よく見るとなんと学校の教科書で見たことのある、俵屋宗達の象の絵ではありませんか;;

「え~~っ@@  宗達がこんなところで観られるとはなんとラッキーなんでしょ」それもなんの囲いもなくむき出しですよ!(現在はしっかりガラスケースで覆われています)

そこには獅子と象と麒麟の絵が板戸に描かれて、ごく自然に廊下と座敷を隔てる引き戸として並んでいます。
私はかなりの幸運に思わずニヤニヤしながら眺め尽くしていました。

で、、、何やら気配を感じてふと上を見ると、天井に手や足の形が描いてある?のが見えました。

よくよく見るとその数はおびただしく、天井いっぱいに広がっています。

もしかしてこれは「血天井」では? そう思って玄関でいただいたパンフレットを見るとやはりそうでした。

会津の上杉征伐に出かける徳川家康に、鳥居元忠と家来1800名が伏見城の留守を任されました。
しかしそれを知った石田三成率いる4万の兵が伏見城を取り囲み、元忠たちに襲いかかりました。
4万対1800。 あえなく鳥居元忠たちは全員討ち死にしたのです。

しかしこれは家康が生き残るための、鳥居元忠覚悟の戦略でした。
この天井はその戦いの跡だったのですね。

屍は戦後処理が思うに任せず、その後2ヶ月もほおって置かれたそうで、しっかりと床に残った痕跡はこの養源院の天井となって今でも供養されているのです。

それは実に生々しく、手のひらを天井にに向けて開くと、ポトンと元忠の血が落ちてきそうです。

私はゾッとして「えらいところに来ちゃったわ~」と先ほどのラッキー気分をどこかへ置き忘れました。

そんなことを知ってか知らずか、板戸に描かれた宗達の獅子は、逆立ちしながらこちらを見つめていました。

そして私に何か囁きました。

「、、、、、、、、、、」

それが何だったか、今でもまだわかりません。

でも、もう少ししたら、きっと私にもわかる時が来るでしょう。

いえ、、本当はもう分かっているのですが、、。

 

 

 

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